精神科の「行動制限」は悪なのか〜隔離・拘束をゼロにできない理由

こんにちは、たつみです。

前回まで隔離と拘束についての記事を書きました。

今回は、「行動制限について、僕が思うところ」を書いていこうと思っています。
具体的には昨今の「行動制限は悪だ!」という風潮について思うところですかね。

このテーマについて、僕の結論ははっきりしています。

身体拘束や隔離は、減らすことはできても、ゼロにすることは絶対にできない

というのが僕の考えです。

この考え方に至った理由や、今の精神医療の現状について僕の考えを述べていこうと思います。

僕の考え方が正解と思うつもりはありません。

読んだ上で皆さんが考えていただければ良いと思います。

あと最初にお伝えしておきますが、多分に僕の愚痴が入ってきますので、ご了承ください。

目次

なぜ拘束や隔離をゼロにできないのか

まず、なぜ「ゼロにできないのか」についてです。

それは、精神科医療がまだ完璧なものではないからです。

行動制限とは、究極の対症療法です。

対症療法とは、「病気そのものを治すのではなくて病気による症状を抑える治療」のことです。

例えば、皆さんが骨折をしたとしましょう。
骨折の痛みに対して痛み止めを飲みますよね。これが対症療法です。

ただ、痛み止めは骨折そのものを治す効果はありません。
痛み止めをやめる時」=「骨折が治った時」です。

原因が治らなければ?

例えば癌も痛みを伴う病気ですが、癌が進行してもはや治せない時は
最後まで痛みを和らげる痛み止めを使う必要があります

これを精神科の病気に置き換えて考えてみましょう。

行動制限は、「精神科の症状によるトラブルを防ぐためのもの」です。

当然精神科の病気そのものを治すことは出来ません

拘束をやめられる時とは、病気が良くなった時です。

全ての方を病院に来た瞬間に治すことは出来ませんし、
治療を行っても、人によっては症状が残る方もいらっしゃいます。

認知症などは、今の医療では治すことは出来ませんよね。

根本の原因を完全に、すぐに取り除けないことがある以上、
行動制限を完全になくすことは出来ないと思います。

精神科医も拘束したいわけではない

ここははっきりさせておきたいのですが、
僕らだって、拘束をしたくてしているわけではありません。

身体拘束には、はっきりしたリスクがあります。

エコノミークラス症候群のリスクは上がりますし、
高齢者であれば褥瘡(床ずれ)のリスクも高まります。

さらに、拘束をしている患者さんは、
365日、土日祝日を問わず、毎日診察を行う必要があります。
当然、お盆もお正月もです。

何より患者さんを拘束すること自体、僕らにとっても精神的にストレスです。
拘束の結果、身体症状が起きた時には、訴えられるリスクだってあります。

…まあ、拘束しなくて転倒しても訴えられることがあるんですけどね。

あとは拘束の際は医師から直接患者さんに伝える必要があります。

たつみ

拘束をさせていただきます。

お前らに何の権利があるんだ。
早く離せ。お前らは最低だ‼️

たつみ

そう思われるよなあ…

となることも結構多いです。

慣れているとはいえ、やっぱり毎回ちょっと凹みます。

身体的にも、精神的にも楽ではありません。

拘束ゼロをうたう病院の現実

でも拘束しない病院みたいなのがあるって聞いたぞ。
大学病院だけじゃなくて、一部の精神科病院でも拘束ゼロにしているところがあるって聞いたぞ。
お前らの怠慢なんじゃないか?

たつみ

おっしゃる通り、一部の大学病院や精神科病院で
「拘束ゼロ」をうたう精神科病院は存在します。

しかし、
そこにはいくつかの“からくり”があります。

今からその“からくり”をご説明していきます。

認知症高齢者の転倒は仕方がないとしているケース

これに関して言えば、今後は高齢者の医療はこうなっていくのだろうと思っています。

さっきも言ったように

認知症は治る病気では無いので、
一度拘束してしまうと拘束を解除するタイミングを失うことは結構ありますしね。

家族にきちんと説明し、同意を得た上での対応であれば良いと思いますし、
自分も同じような対応をすることはあります。

ただ、今の司法では、後から家族が「病院の対応に不備があった」と訴えれば、
医療側が不利になる可能性があるのが一つの懸念点ではありますけどね。

でも、こう言う主張の病院は僕は好きじゃない

この対応自体に文句を言うつもりはありません。

ただ、「高齢者の転倒を仕方のないものとして受け入れる
という形で拘束を減らした病院が

うちの病院では拘束が減りました!

と声高に言うのは、僕は好きではありません。

たつみ

アホなこと言うな

とすら思います。

※これは精神科医の意見というよりも僕の意見ですけどね。

なぜなのか。

所詮、拘束(抑制)する場所が変わっているだけ

いきなりですが

精神科医になる前、自分は整形外科医をしていました。
救急病院で働いていて、高齢者の骨折があればすぐに救急車で搬送されてきました。

これには、精神科病院のなかで転倒して骨折した認知症患者さんも含まれます。

認知症の方が骨折して入院すると、
ほとんどの方が、「せん妄」という一種の錯乱状態になります。

せん妄状態の患者さんは不穏で、骨が折れているのに
ベッドから降りて歩こうとしたり、医療者をたたこうとすることが多く
整形病棟ではやむを得ず抑制が行われていることがほとんどでした。

これを踏まえて、僕が何が言いたいか。

結局のところ、

精神科病院では拘束していないだけで、その人自身は結局どこかで拘束(抑制)されている

ということでしかない、と僕は思っています。

もっと強い言い方をするのであれば、

精神科病院でするべき負担を、他の科の先生、病院に押し付けている

と言ってもいいと思いますね。

少なくとも、自信満々に「うちは拘束を減らしました」なんて
恥ずかしくて言えたもんじゃないと思っています。

そもそも患者を選んでいる

もう一つのからくり、これこそが僕が最も気に入らないものです

それは、

拘束が必要になりそうな患者さんを、そもそも受け入れないというものです。

僕が以前働いていた地域にも、「拘束をしない」とうたっている病院がありました。

僕の患者さんで、精神症状のために拘束をしている方がいました。

その人は、体の治療のために紹介されて僕が診ていました。
体の治療が落ち着いたため、その病院に転院を相談することになったのですが、

拘束をしている方は取れません

とはっきり断られたことがあります。

また、その病院に入院の相談をしたご家族が

あそこの病院では診られないと断られてしまって

と、言って相談にくることがありました。

これが、拘束ゼロの実情です。
彼らが拘束をゼロにする方法を持っているわけではありません。

拘束が必要な患者さんを、最初から診ないのです。

そらそうですよ。

本当に拘束をゼロにする方法があるのであれば、
とっくにその方法は広がっています。

でもだれも、そのやり方を教えてくれることはありません。

断られた患者はどこへ行くのか

では、その病院に断られた患者さんはどうなるのでしょうか。

結局、別の病院に入院し、
場合によっては拘束をされることになります。

その結果、断った病院は
うちは拘束していません」と声高に広報し、
結果的に“評判の良い病院”になっていきます。

受け入れた病院は、「拘束という非人道的行為を行う病院」という
評判の悪い病院”になります。

現場で患者を引き受けている側からすると、
正直、やるせない気持ちになる構図です。

大学の医者への正直な気持ち

ときどき、都会の大学の教授などが
「身体拘束は人権侵害だ」と強く発言しているのを見かけます。

同じく大学に所属して、内情を知っている医者として思うのは、
大学は、そもそも患者を選べる立場だろうが💢」ということです。

これもその「拘束をしない病院」と同じです。

あともう一つ、そういう主張をする大学の医者に対して、
物申したいこととしては、

たつみ

拘束反対とか言っておきながら、
お前ら、拘束をしている精神科病院でバイトしてるやんけ

ということです。

公の場では拘束反対を唱えながら、
実際には拘束を行っている病院にバイトに行って給料をもらっている。

たつみ

ようそんな立場で偉そうなことが言えるな。

と、心から思います。

運用方法の話と、拘束の必要性はわけて考えるべき

でも実際に精神科病院では
不当に拘束されていた例があったろう。

たつみ

残念ながら、それはそうです。

数年前、とある精神科病院での患者さんへの対応が大いに問題があるとして、大々的な報道がありました。
全国的に報道されたので、あの頃は患者さん、患者さん家族からの不信感が強くて、治療がなかなか進みにくかったことを覚えています。

実際に、外国に比べて日本は身体拘束等の件数が多いと言うことは言われています。
(外国と日本では社会的問題や保険制度の違い等もあるので安易に言えないところですが…)

ただ、これは微妙に問題が違うと考えています。

これらの問題点は

行動制限が法律や制度に則って正しく行われていなかった,患者さんへの人権意識が足りていなかった」ことが問題です。

拘束なんて必要ない」という話ではありません。

そこの話をごっちゃにしてしまうと本当の重要なところが曖昧になります。

医療とは、医者という仕事とは何か、という話

医療は、ときに患者さんの嫌がることを選ばなければならない仕事です。

小児科の先生が、
「注射は痛いし子供も嫌がるから、採血も点滴もしません」
と言って重症の子どもを放置していたら、信頼できるでしょうか。

整形外科の先生が、
「触ると痛がるから、折れてずれた骨はほっときましょう」
と言ったら、どうでしょうか。

短期的には不利益に見えても、
長期的に見て患者さんの利益になる選択をすること

それが医者の仕事だと思っています。

リスクのない治療行為なんてありません。
リスク・ベネフィットを考えて決断することが大事な筈です。

だからこそ

「患者さんの人権を配慮して拘束はしない」

と安易にいう精神科医は僕は信用できないと思っています。

というか、

人権なんて皆前提として意識してんねん。
その上でも患者さんの不利益になるから仕方なく拘束してるんだよ‼️

と思いますけどね。

よくある反論に対して

最後にもう一度言いますが、
僕らも拘束が良い手段だとは思っていません。
他に良い方法がないからやらざるを得ない、ということです。

よくあるご意見

24時間見守っていればいいだろう

たつみ

できるわけないでしょ。
医者も看護師も人数は限られてます。
なんだったら今後さらに人員は減ってきますよ。

もっとちゃんと話していたら
相手だって納得してくれるでしょ。

たつみ

精神疾患の怖さは、
話が通じなくなること、
正常な判断能力がなくなることだって何度も言ってるでしょ。

だいたいこの2つがよくある意見ですね。
どちらも無理です。

根本解決は2つしかない

現状、拘束をなくす方法があるとすれば、
次の二つのどちらかしかないと思っています。

  1. 精神科医療が、今より大きく進歩して病気が即座に完治できるようになること
  2. 拘束をしないことで起こる不利益(怪我、自殺)を、仕方のないこととして受け入れる

できれば①の方向で解決を目指す社会であってほしいなと思います。

おわりに

僕の行動制限、特に拘束に関して思うところを書いてみました。

これはあくまで、一精神科医である、たつみの意見であることはご留意ください。

所々表現が強くて申し訳ありません。

また次からは普段の感じの記事になるかなあと思います。

これをご覧になる方がどのように思われるかはわかりませんが、

皆さんのご意見もよければお聞かせください。

ではまた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次